ふとんのなかから

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫にかかったあとだらだらしている人のブログ

すのばー

近鉄合併問題の記事を読んでいたらライブドアの社長のブログにたどり着き、そこで「スノッブ」なる言葉を初めて見た。また便利な言葉が生まれたもんだ。意味を調べてみると例によってうまぁく人を罠にかけられる仕組み。そのうち「○○厨」みたいに罵倒用語としてあちこちで見かけるようになるんだろうなぁ。タイトルはそういう類の人へつけられるであろう呼称。


最大公約数的な事柄を「あなた自身のことです」と言い切るのはいわゆる”ナントカ占い”によく見られる手法だけど、スノッブはまさにこのシステムに乗じた構造になってる。すなわち誰もが心の中に抱いてるであろう「突かれると痛い部分」を突く。そして「そら見たことか」とふんぞり返る。これがスノッブの仕組み。ずりー。ヒキョー。かといって口をつぐんで「ゆゆしきことよのう」的聖人君子な態度を取っていてもそれは”逆スノッブ”に該当するそうで。ずりー。ヒキョー。逃げられねー。


まぁ確かに「こいつは発言権を持つべきでないなぁ」と思う人間はいるよ。だからってね、その感情をスノッブという便利言葉に置き換えて、さも素晴らしい論理で相手を屈服させたみたいに気取るのはね、違うんじゃないかと思うんだけど。そういうのを日本語て「不粋」とか「野暮」っていうんじゃなかったっけ?


私自身はスノッブですかと聞かれたらスノッブですよと答えますがね。特にヲタクのはしくれだから、そういうのがエネルギーになってる面は十二分にあるし。まぁ、だから何?という話なんだけど。結局この世は言ったもん勝ちだと思うし。内容はどうあれ既成事実ほど強いものはないよ。特に日本ではアホみたいな既成事実でも一度できたものは絶対で、簡単に免罪符に昇華するし。


とにかくこういう、やりとりのルールみたいなものを無視する言葉は軽々しく輸入すべきではないし、使うべきでもないと思う。私は使いません。