ふとんのなかから

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫にかかったあとだらだらしている人のブログ

24日の「ブレンダンとケルズの秘密」上映会&監督トークショーinデジタルハリウッド本校に行ってきた

お茶の水の駅を出てロッテリアで腹拵えをし、開場の14:45ごろデジハリに行くと玄関の向こうに昨日シネマ・アンジェリカで見たような西洋人の女性がいて『もしやトム・ムーア監督のマネージャーか何かでは→その辺に監督がいるのでは』と思ってびびり、思わずきびすを返してセブンイレブンに水を買いに行く。戻って来て受け付け。昨日のシネマ・アンジェリカは大入満員だったので今日はもういい席ないかもと思ったら意外にも私が入場二番目だった。席で水飲んだり質問を考えたり質問コーナーのことを考えて緊張したりしてたら隣と後ろにデジハリ学生っぽい若人女子が数人どかんと着席。


始まり。司会のデジハリ教員が「日本で初の上映になります」と言うので『実はもっと上映してるんじゃよ!』と心の中でつっこむ。と、ここでデジハリ教員が奇妙なことを言う。


えっ映画祭のために字幕をつけたんじゃないの?実は最初にデジハリありきだった?どういう経緯でこうなったのかよく分からない…。シネマ・アンジェリカではあまり状態の良くないフィルムでの上映だったけど、こっちは明らかにデジタル上映。字幕の位置(右上)や内容は同じ。どうなってるんだってばよ…。というかデジタル媒体がもうあるならDVDを早く発売してですね(正式公開でもいいけど)。ちなみにデジハリのスクリーンは単館のシネマ・アンジェリカより一回り小さいくらいで、会議室レベルとしてはかなり巨大だった(でも画質が悪いのでお金を取れるレベルではない)。


上映開始。映画館で昨日見て今日また見ても感動しますな。私はやっぱりラストシーンでグッと来ます(なのでエンドロール最後のアップテンポの曲はもう少し抑えたものにして欲しい)。隣のデジハリ女学生たちは途中で寝たりして聞こえてくる感想もわりと不評。伝わらんかー。この映画の深淵なデザイン伝わらんかー。上映後に参加者の入りを見てみたら結局二十人くらいだった。こういうのこそ休日や夜に開催しないとダメだと思う。海外アニメの制作者が日本に来て話をしてくれるなんてめったにないのに…。


休憩のあと監督が登場してデジハリ教員との対話開始。といっても作品の内容についての深い考察ではなく、あくまで表面的なことの質疑応答なので聞いてて歯がゆい。本来はデジハリ学生向けのイベントだから仕方ないんだろうけど、この映画のファンが聞きたいのは「中国人の装飾士はどこから来たのか」とか「サムライジャックからの影響はあったのか」とか「いつ日本で正式公開するのか」とかなんだよなぁ(デジハリ学生置いてきぼり)。


以下、監督の発言のまとめと解説。

  • アイルランドのアニメ業界はずっとアメリカのアニメの下請けをやっていたが、近年アメリカ資本が離れてしまったのでそれぞれの下請けは独立して五つのスタジオができた。制作は主にCGとFlashで行っている。「ケルズ」はアイルランド初の劇場用アニメ。
  • 「ケルズ」の制作会社カートゥーンサルーンは監督の大学(アイルランドのアニメ専門学校)時代の仲間四人(クリエーター二人、プロデューサー二人)で設立した。現在の社員数は四十人。
  • アイルランドで人気の日本アニメはクレヨンしんちゃんポケモンデジモンジブリ大好きトトロ大好きを公言している監督は実はSTUDIO4℃マッドハウスのアニメも好き。てっきりアート方面一辺倒の人かと思ったら実は意外と普通のアニメファンなんですな(まぁ「日本アニメを見て育った」と言ってるくらいだしな…)。アニマックソアイアンマンは見たのかなぁ。今やすっかり空気と化しているあの女記者はどうなんですか監督…。
  • 「ケルズ」での『本』は芸術と知識の象徴。つまりあの本はケルトの文化の結晶で、ブレンダンはそれを守る世紀末救世主だったんですな。
  • 監督は『閉じているのではなく、常にオープンでいよう』という精神をこの映画で伝えたかった。
  • アシュリンはゲーリック語で「夢」という意味。『アシュリン』という言葉(あるいは概念?)はアイルランド自体の象徴でもあり、一般的には大人の女性がイメージされる。太古の昔から国を擬人化していたとは…。
  • ブレンダンは監督自身の投影でもある。
  • アシュリンは(かわいいので)人気があったため、主人公的な存在にした(扱いを大きくしたということかも)。
  • パンガ・ボンも人気がある。パンガ・ボンはかつて修道院で飼われていた実在する猫で、名前の意味は「白い桃」。
  • クロウ・クルワッハはキリスト教以前の邪神。
  • 手描き感を出すためにキャラクターを紙に描いて絵の具で塗ってからスキャンし、その色をCG上でのカラーにした。
  • 監督はプログラミングができるのでオープンソースのソフトウェアを書き替えて制作に使っていた。これは「プログラミングができる」「人の書いたソースが読める」「実用に耐える調整ができる」の三つのコンピュータスキルがあるということ。これは凄い。普通これでご飯食べていくことも可能です…。
  • DVDは売れている。
  • 質問:宮崎駿は原作や絵コンテを含めて映画の全てに関わる仕事をするが、この映画の場合の監督の仕事の範囲はどこまでだったのか。答え:自分の個人的な作品(キャラデザインを何年にも渡ってこつこつ描き溜めたりストーンサークルのロケハンに行ったりしていた)であることをプロデューサーが理解してくれたのでかなり自分でやっている。コンセプトアート、脚本と絵コンテのラフ(どちらも監督の作業後に別の人がクリンナップ)などをやった。背景デザインも少しやった。完成後のCMなどは他の人に任せている。
  • この映画は(リミテッドアニメな)12コマの手描き部分とフルアニメ(24コマ)のCG部分でできている。双方を融合したとき違和感のあるシーンは調整した。
  • 音楽はフランス人のキーラさん。それまでは仮の音楽をつけていたが、完成した音楽をつけてからの最後の数ヶ月で作品は一気に良くなった。
  • 質問:この映画はアートアニメ志向の作品なのか、それとも商業アニメ志向の作品なのか。答え:アートアニメでもあり商業アニメでもある宮崎アニメを目指した。したがってアート色は強いかもしれないが商業アニメでもある。
  • 監督はカトリックで育ったが本人曰く『不真面目なカトリック』で困ったときに神頼みをする程度。むしろキリスト教以前の古代文化に興味がある。ここで「千の顔をもつ英雄」(ジョセフ・キャンベル)を取り上げ、(何か特定の宗教やものにこだわった物語よりも)「千の顔をもつ英雄」にあるような『普遍的なヒーロー』の物語を作っていきたいと発言。
  • 次回作「The Song of the Sea」もその『普遍的なヒーロー』の物語で、『アザラシに変身することができる女性』というアイルランドの伝説を題材にした、シルキーという少女のストーリー。シルキーはアザラシに変身できる人間の最後の一人。「ケルズ」は手描き感を出すため紙に描いてからCGに起こしていたが、次回作は直接タブレットで描き、3DのCGアニメとして作る予定。まさか2Dをやめてしまうとは〜(話の流れから私はそう受け取りました)。まだラフ画を動かしている段階の2Dのトレーラーを見ましたが、シルキーはアシュリンほど洗練されたキャラデザインではないのでどちらかというとアザラシモードの方が人気出そう。
  • 監督デビューまでにかかった年数は六年。
  • フランス人のプロデューサーが受賞歴もある優秀な人だった。


この辺でデジハリ教員との対話が終了していよいよ質問コーナー。ムチャクチャ緊張してまいりました。いざとなるとなかなか手が挙げられませんなハッハッハ。お水を飲んで気を落ち着けましょう(手がブルブル)。

  • 質問:ブレンダンが森で狼に襲われたときなど、映画では時折何かに祈るシーンがあるが、あれにはどういう意味があるのか。答え:(前述の)フランス人のプロデューサーから『特定の宗教にこだわらず普遍的な物語にすべき』というアドバイスがあり(何かに)祈るシーンが加わった。
  • 質問:フランス・ベルギーとの予算の配分や仕事の範囲などを教えて欲しい。答え:アイルランド・フランス・ベルギーで予算を200万ユーロずつ分けた。アイルランドで主に制作し、フランスは原画など。ベルギーはCG担当。フランス人がアイルランドに三ヶ月住み込んで作業したりもした。『各々の国の人を雇わなければならない』という(出資者からの?)条件があった。


ここで、質問者が一般参加者ばかりでデジハリ学生がちっとも手を挙げず、予定の終了時間も近づいてきたこともあってデジハリ教員が『もういいか』的な雰囲気を出し始めたのでこれはヤバイとついに私も手を挙げて質問であります。ていうかこれはスカポン太さんの質問の代理であります。

  • 質問:ネットでメイキングを見たところトレス台がかなり大型だがあれはこの映画用の特注品なのかそれともヨーロッパではあれが一般的なのか。答え:あれはアメリカの資本が引き上げられたときに残されたのを買い取った物。したがってアイルランドではあのトレス台が一般的に使われている。


なるほどねぇ。やっぱり金がないというか、節約できるところは節約してるんだなぁたぶん。「今日買ったロト6が当たったら助かります」と冗談を言ってたのはシネマ・アンジェリカの方だったかデジハリの方だったか。以下全て他の一般参加者の質問。結局デジハリ学生は質問せず。これは学生より教員が悪いと思う。日本アニメが作りたくて学校通ってる若人にいきなりこんなハイレベルな異文化アニメ見せて何か質問はあるかてあるわけがない。どうせデジハリ学生は『何あの四角いキャラデザ、変なの〜』くらいにしか思ってないんだろうから、こんなん見せるなら事前に4時間くらいかけてカートゥーンの授業をしておけと言いたい。

  • 質問:アシュリンはなぜ幼女の姿なのか。答え:アイルランドでは一般的に『アシュリン』は大人の女性のイメージだが、恋愛物にはしたくなかったので自分の妹をモデルにして、ブレンダンとは兄妹のような関係性にした。その後のアシュリンについてはよく質問されるが、実はアメリカ版のDVDにはアシュリンのその後について解説が書いてある。純粋な子供でないと人の姿のアシュリンには会えない。アシュリンと狼との関係性を示唆するために最後に白い狼を出したが、ブレンダンも大人になってしまったのでもう人の姿のアシュリンには会えない。アイルランドには動物に変身する女性の伝説が多い。


修行僧かつ聖人でもあるブレンダンですら大人になったら即ダメとは何というハードルの高さ…。しかしこれはいわゆる一つの『子供の頃にだけあなたに訪れる不思議な出会い』トトロ理論の応用でなんか話ができすぎてる気もします(笑)。ところで、私は横浜で公開された頃は『クロウ・クルワッハの力に触れてアシュリンは人の姿になれなくなった』と思っていたんですが、今回字幕版を見て初めてこれが間違いであることに気づきました。OPに出てくるケルズはヴァイキングに破壊されたあとの姿、つまりこの映画はアシュリンの回想から始まってるんですね(「その本は暗い時代に光を灯した」と過去形で言ってるし)。OPで顔だけ見せているアシュリンは人の姿になってるわけで、べつに変身能力が失われたわけじゃなかったと。きっとブレンダンがクロウ・クルワッハを倒したあと幼女モードのまま石像をぶち割って、ブレンダンのマントを畳んで、またそこらの石像をぶっ壊して、白い花をあちこちに咲かせて森に帰ったんでしょう。かわええ。ブレンダンが逃げるときに狼のままだったのはそばにエイダンがいたからかな。

  • 質問:奥行き(パース)のない画面構成や、画面を三分割して別々のシーンにする構成にはどういう意味があるのか。答え:中世の芸術の平面的なパースを取り入れた。アイルランドの古い絵画にも三分割画面のものがあり、それを参考にした。


何気ないシーンにも文化的バックボーンがある。これですよ。デジハリ学生こういう精神を学べと。マンガとアニメしか見ないんじゃダメなんだよと。正直私もそこまで深い意味があるとは思いませんでしたが、まぁ何でも聞いてみるもんですね。この辺で『公的な』質問コーナーも終了して監督に花束贈呈。

左がトム・ムーア監督。右は通訳の人。この人もデジハリの教員か何からしく「トレス台」という言葉もすんなり訳してくれてグッジョブだった。監督のおでこがなんかカラフルなのはプロジェクターの映像が映ってるからです。


これでイベント自体は終了。ここからは『各自サインをねだるなどご自由に』というわけで、お楽しみタイムというか本番スタートであります!さっそくフランス語版DVDを取り出して列の二番目に並びました。監督にDVDを見せたらすぐフランス語版だねと返って来て「Amazonで買ったのかい」「イエース!」みたいなことを話して「アシュリンを描いてください」とお願い。監督はどこに描けばいいのかなとパッケージを見回すのですかさずパッケージを裏返してここへ描いてくれと指示。「Please」とか全然言えなかったのであとで考えると凄く厚かましい日本人に…。監督が描いてる間ついでに色々聞こうと質問を書いておいた紙を持っていたら通訳の人にいきなり「質問は手短に」と釘を刺されてしまったので一つだけ。

  • 質問:パンガ・ボンが猫にしては長生きなのは何か意味があるのか。答え:パンガ・ボンは、ブレンダンを通して今後も続いていくエイダンの教えの象徴であり、エイダンのスピリットのようなものなのでずっと生きている。これもよく聞かれる質問だが、答えが長くなるので子供に聞かれたときは「あれはパンガ・ボンの娘」と答えるようにしている(笑)。


二代目パンガ・ボン襲名があながち間違いではなかったとは…。ばかばかしい質問で恥ずかしいと思ってたけど聞いてみると実は深い意味があって驚きました。その後監督もアシュリンを描き終わってなんか妙な間が空いてしまったのですかさず「シェイクハンド!」と手を差しだし握手(Pleaseをつけろと…)。監督は力強い握手でした。気さくな人で良かった…。感激にうち震える夢のような時間でした。

これがトム・ムーア監督直筆のアシュリンです。また一つ宝物が増えました…。なかなか去りがたかったけど、質問終わったのにいつまでも残っているのもアレなのでここで会場をあとに。なお、ゲンディが云々という話はこの個人的質問コーナーでのことなので私は聞いていません。もう少し居れば良かったか、無念…。というわけで素晴らしいイベントでした。ひょっとすると大阪の上映会よりも濃かったのかもしれません。また会いたいなぁ監督。まだ聞きたいことがあったんじゃよ…。


聞きたかった質問

  • ジャケットの左肩に日本語が書いてありますが何と書いてあるんですか。なんか謎の日本語が書いてあるジャケットを昨日今日とずっと着てたので。この日は肩に襟がかかっていて文字が見えず。何だったんだ。気になる…。
  • ブレンダンが狼に襲われるシーンはサムライジャックからの影響があるように見えるがどうか。これはむしろ「わんぱく王子の大蛇退治」の影響らしいですね。実はまだ見たことない。あの辺も見ないとダメか…。
  • この映画はまだタイトルに「(仮)」がついていますが日本で正式に公開される予定はあるのでしょうか。これが一番聞かないといけないことだったかもしれない。ああでも質問の回数制限が…。正直デジハリ教員との対話コーナーいらなかったよなぁ(ひでぇ笑)。